主人の居る館(第6話)

傷だらけの少年は、死ぬように眠っていた。 喋れぬ少女は、献身的に尽くす。 部外者である俺たちには、見ている以外に何も出来なかった。 ただその光景が、俺の脳裏に深く突き刺さっていた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「でも、大変な事にならなくて良かったですよね〜」 ホッと胸をなでおろした様子で、姫里が言った。 確かに、生死に支障が無いというのは良い事だ。 「それにしても、格好良かったですね〜さっきの斎田さん。」 初めて褒められた。 「そりゃどうも。」 いつもの俺なら有頂天になっていただろうが、 そんな物は既にどうでも良くなっていた。 ―――なんでこんなに虚しいんだ・・・? 解らない。 何の脈絡も無い思考ばかりが延々、繰り返されていた。 「・・貴方達の旅の目的って、何なんですか?」 夕時、先程の二人も含めての食事をしながら、 空が質問していた。 「・・・・・・・・」 口を閉ざす少年。 だが、何時までもそうしていられないと解ったのか、 溜息混じりに言った。 「こいつはな、なんか特殊な能力持ってる奴なんだ。 それが元で親から捨てられて、挙句に盗賊達にさらわれたわけだ・・」 少年の名はカズナ。 危うい目にあっている所を、少年は助け出し、逃げて、 その後の、少女の生活の世話なんかを考えて、 色々と行動してやっていたらしい。 「随分とご活躍な話しだな・・・ でもよ、そういう理由なら、最初から言えばいいじゃないか? 『こいつを買ってくれ』とかじゃなくてよ・・・」 はっきり言って、あの言い方は腹が立った。 「・・・・あんたが、そういう人間なんだと思ってたんだよ・・ だから、そう言ってやれば・・・」 思うなよ。 「駄目ですよ。 斎田さんは、こう見えても根だけは良い人なんですから。」 「根だけかよっ!」 というか、俺は姫里にはどう見えているのだろうか。 「だって、どんなに良い感じに見ても、善人面じゃないですよ〜?」 酷い言われようだ。 「どうせ俺は悪党面さ・・・」 いじけてみた。 「やっと自覚しましたか。それじゃあ、お話続けましょうね。」 慰めどころか、止めを刺されてしまった。 「この子の名前は?」 「知らない・・こいつは、話せないからな・・」 言うと、少女が哀しそうな顔をする。 「・・・・さっきは、心の中に話し掛けてきたよな・・ あれはできないのか?」 聞いても、少女はふるふると首を振るばかり。 とっさの能力だったらしい。 「辛いな・・・」 「ですねぇ。こんな可愛いのに、勿体無い。 でも、解らないのなら付けてあげるのはどうでしょう? ほら、ニックネームみたいに。」 それは、中々の名案だった。 少女も嬉しそうに頷く。 総じて、その場の人間が考え始める。 「百合花なんてどうですか?」 「いや、リサだろう。」 「私だったら、琴美とつけますね・・」 姫里、カズナ、空・・・次々と色々な名前を出していく。 「ちょっと、斎田さんもちゃんと考えてくださいよっ」 何も出さないで居ると、姫里に咎められる。 「ん・・・そだな・・・」 既に、浮かんでいた。 というより、勝手に思い出せてきた。 「エリア・・・これにしよう。」 思い出せ・・・た? 「うーん・・・悔しいけど、良い名前・・・かも・・・」 「ぱっと思いつきでよく浮かぶなオィ・・」 「すごいです・・」 それぞれ口々に褒め称える。 また褒められた。 普段ならいい気になるはずなのに、何故か何の感情も浮かばない。 ―――なんで・・・思い出せた・・・・? 消えていた疑問が、まだわきあがる。 「あれ、斎田さん、どうかしましたか?」 様子が・・・おかしいらしい。 「ああ、気にするな・・ちょっと体調悪いんだ・・ 悪いが、後の事頼む・・ そいつらは・・泊まらせてやれ。ちゃんとした客間でな・・・」 「は、はいっ・・でも、大丈夫ですか?」 いつになく、姫里が心配そう。 ―――こんな綺麗な少女を、心配させてはいけないな・・ 苦笑しながら、「大丈夫だから」と部屋へ戻っていった。 エリア・・・ 俺の最愛の女性・・ 俺に、人としての生きる喜びと、 人と一緒に居る事の楽しさを教えてくれた、女性・・・ なんで、あの娘にその名を与えてしまったのだろうか。 忘れていた記憶が、思い出される・・・ 俺は、ずっと孤独だった。 親兄妹、皆死に、屋敷と莫大な財産だけが俺に残された。 なまじ金があったから、誰も信じられなかった。 誰もが、俺を騙そうと考えている。 そうに違いないと思って疑わなかった。 そんな時に、俺は彼女と出会った。 突然で、劇的。 全身ぼろぼろで、傷だらけ。 今にも死にそうで、生き倒れていた。 人として見捨てる事もできず、彼女を助けた。 ただ、医療の知識もあるはずも無く、 ただ素人的に無茶に治療をしたのだけれど、 彼女は無意識なままで、 それでも段々と回復していった。 そして、ある日。 彼女の意識が戻った。 隣で座ってる俺が話し掛けると、 ただひたすらに「すみません」と謝ってきた。 もういいから・・と頭を撫でると、 安堵したのか、泣き出してしまった。 それが、俺と彼女との出会い――― 「・・・そんな前の話、忘れたままでも良かったのにな・・・」 なんで、こんな事が思い出せたのだろうか。 別に、少女の能力がエリアにも備わっていた・・・ と言う訳では無い。 エリアは、それこそ普通の娘だった。 少なくとも、俺にはそう見えた。 「・・・考えてても仕方ないな・・・寝るか。」 一人ごちて、そのまま意識は落ちた。 ―――何を迷っているの? 別に、何にも迷っていない。 ―――じゃあなんで、そんなに哀しそうなの? 俺は、何時だって楽しい事しか考えてないさ。 ―――嘘。折角忘れられてたのに・・ なんで私の事なんて思い出しちゃったのよ・・ 俺は・・・いつだってお前の事を忘れてなかったさ・・・ ―――そんなの・・・哀しすぎる・・・ ああ、哀しいな。 ―――お願いだから・・・忘れて・・・じゃないと、貴方が・・ 忘れないさ・・お前は、俺が生きている限り俺の中で生き続ける・・ ―――お願い・・・悲しみにくれる貴方なんて、もうみたくない・・ 悪いな・・自分勝手で・・でも・・・俺は・・・ 「斎田さんっ、起きてくださいっ!」 ・・・・眠りは、すぐに掻き消えた。 「た、大変なんですっっ」 普段なら、怒るところだ。 でも、今日は何故かすっきりしなくて、起こるに怒れなかった。 「とにかく、来てくださいっ」 姫里に手を引かれ、そのまま客間に入る。 「・・・・・置手紙で夜逃げか。予想はしていたが・・」 唐突な別れ。 カズナは、エリアを置いて館から居なくなっていた。 勝手に出て行って悪い。 でも、何時までもエリアを連れて行くことなんて出来ない。 俺は、人に物を頼むのが苦手だ。 だから、こんな変な頼み方ですまないと思っている。 でも、頼む。 エリアを・・置いてやってくれ。 大凡、こんな内容だった。 「大丈夫ですか?」 エリアが泣き崩れたらしい。 空が慰めている。 「・・・それで、どうするんですか?エリアちゃんの事。」 どうするもこうするも無い。 今更追いかけても、彼の行為を無に返すだけだ。 「・・・・ここで、働くか?」 聞いてみる。 ぐずつきながら、こくんと頷いた。 「よし・・じゃあ、今日から此処がお前の家な。」 (続く)

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