骨休め

なんというか、妙な天気の中だった。 何が妙かって、 満月なのに、月は隠れていたから。 折角の月が、 雲に隠されて見えない。 そんな、暗い中で、 シキを倒し、秋葉を助け、俺は死んだ――― 「――くんっ、とおの君っ、遠野君っ!!!」 意識が戻る。 直後に全身に苦痛が走る。 「う・・・」 つい、うめき声が出てしまう。 だが、消えたはずの命が、まだある事が感じて取れた。 「はぁ・・とりあえず魂は取り留めたようですね。」 「あれ・・シエル先ぱ・・痛っ・・」 「動いちゃ駄目ですよぉ、まだ遠野君は完全体じゃないんですから。」 「か、完全体・・?」 何やら先輩が訳の解らない事を言っている。 「ま、まぁそれはこちらの話です。 それは良いとして、何か不自由はありますか?」 「あー、いや・・・ で、俺、何時になったら動けるようになるのかな・・?」 「そうですねぇ、後三日もすれば歩く事は出来るでしょう。 ただ、5歩も歩くと命に関わる事態になっちゃう可能性がありますけど。」 それはまともに歩けてないのでは。 「まぁ、死んじゃったらまた私が生き返らせて差し上げますけどねぇ。」 何かとんでもない事をあっけらかんと言っている気がする。 「そ、それまでの間の世話は誰が・・」 「それは当然、私がさせていただきます。」 「先輩が?」 「はい。」 さっきとは別の意味でとんでもない事な気がするのは何故だろう。 「別に、 『けっ、シエルなんてカレー女なんかに世話される位なら死んだほうがマシだぜっ』 とか言うのでしたら殺して差し上げますけど。」 「・・そんなこと言いませんから殺さないで下さい。」 「はい。解りました。」 本気だったらしい。 「はい、それでは遠野君復活祝いです♪今日のご飯は豪勢ですよ〜」 「あ、あのところで先輩・・聞きたいんだけど」 「何をですか?」 「いや、ここ、何処?」 窓一つ無い四面全て壁な部屋。 しかも壁には何もかざりっけが無いという無機質極まりない様子だった。 「えっと、私は今お仕事でイタリ〜に来てるんです。」 「・・・は?」 「本当は遠野君最優先で行きたかったんですけど、 上の人達が揃いも揃って『働け〜』って怖いんです。 だから仕方なく・・しくしくしく」 つまり俺は仕事がてら安静にもされず引っ張ってこられたというのか。 「あ、パスポートとかは気にしないで下さいね。 埋葬機関の人間はそういうの関係なく移動できるようになってますから。」 「俺の分は・・・?」 「・・・えーっと・・・おっきいバッグに詰めて、危険物と書いて・・」 「・・・」 来伊の方法もとんでもなかった。 「あはは・・・まぁ、遠野君ですし?」 どんな理屈だ。 「さて、ご飯にしましょうね。」 「俺・・・飯食べられるのか・・」 病み上がり所か瀕死からの復活直後なのに食事なんて喉を通るのだろうか。 「大丈夫です。お薬も兼ねた物を出しますから。」 「そ、そっか・・・」 少し安心した。 やっぱ先輩も考えてるんだなぁ・・ 「はい、どうぞ〜」 「・・・・カレー。」 「はい、カレーですよ〜」 「食えと?」 「お残しは許しません。」 ・・・やっぱカレー女だわこの人。 「ていうかめっちゃスパイシーなんですけど。」 「はい。その辛さが良いんですよ。」 「いや、胃とかにしみてかなり痛いんですけど・・」 「消毒液なんかと同じ原理だと思っておけば気が楽になりますよ。」 ―――気休めかい。 「それに、カレーは何十種類にも及ぶ様々な薬草を使ったりしていて、体にはかなりいいんですよ。」 「・・・で、何使って作ったんですか?」 「えっと、市販のルーと、豚肉とたまねぎ、それから人参ですね。」 それでは薬効なんて期待できない気が。 「あ、ご飯食べ終わったら寝ちゃっててくださいね。 この部屋には結界張ってありますから、間違っても部屋から出ようなんて考えないで下さいね。 電気がびびーって走って十万ボルトですから。」 看病というよりは、牢獄な気がしてきた。 「それじゃあ、私はお仕事に行って来ますね。お留守番よろしく。」 留守番なんていらないのでは・・ 「あでゅー」 ばたん 行ってしまった。 「秋葉・・どうしてるかな。」 どうも、俺は自分のことなんかよりも別の事を優先してしまうらしい。 自分がこんな感じなのに、先輩が出て行ってからは妹の事ばかり考えていた。 「ていうか、あいつ俺が生きてるって知ってるのかな・・」 どうもその辺の経路がわからない。 そもそも、俺は秋葉を助けるため〜とかいって自分で自分を刺したんだ。 だけど、そこから先の事なんて知っている訳が無い。 何せ、あの時俺は死んでいたのだから。 俺が死ぬことが、秋葉を救う唯一の手段だったから。 でも、よくよく考えると妙な話だ。 自分の中にあった本来の自分の命はとうの昔に消えた。 そして、秋葉の命を分け与えられ、 最終的に俺はその命を秋葉に返す形で失った・・ だから、瀕死だからと復活する命なんて、もうどこにも無いのだ。 それが、謎だった。 「なぁ、先輩、また聞いていいかな?」 先輩が帰ってきたので、先ほどからの疑問を当ててみる事にした。 「今日の遠野君は質問坊やですねぇ、何ですか?」 「俺、確か死んだんだよな?なんでこうやって生きてられるんだ?」 「・・・・聞かないほうが良いですよ?」 途端に真面目な表情になる先輩。 「知りたいんだ。」 「・・・解りました。聞いてから・・後悔しないでくださいね。」 はぁ・・ と溜息を付き、ベッドの隣の椅子に座る。 そしても淡々と話し始めた。 「・・・本来、命という物は一つの物体に一つしか与えられません。 当然、人や吸血鬼をはじめとする生物全てが。 結論は簡単なのですよ、遠野君。 無い物を補うには、有る物から取るしかないのです。」 有る物から・・・取る・・・? 「当然、命なんて物は安くはありません。 取られた側の方はただでは済まない・・ というか絶対に生き長らえる事は無いです。」 「・・・俺を助ける為に、誰かが犠牲に・・・?」 そんな事は考えたくなかった。 自分が助かるために人が死ぬ。 それも、自分が勝手に投げ出した、その命を救うために、 誰かが犠牲になった――― 「・・・はい。 ただ、人間ではなかったのでまだ死んではいませんが。」 人間では・・・ない・・・? 「じゃあ、誰が・・」 「私ですよ。」 「え・・・?」 唖然としていて、何なのか全く解らなかった。 「私が、遠野君の命の元ですよ。」 「えっと・・でも、先輩は確か・・」 「私は、遠野君には殺されますが、他の人の手では決して死にませんから。 ・・・人間というよりは、化け物でしょう?」 「・・・・」 「良いですか遠野君、私は殺されても死なない存在です。 だから、『命を与える事=死』は成り立たないんです。」 「いや、そうかもしんないけど・・でも・・」 「逆に、遠野君が死んじゃうと、 当然私の命がなくなったことになって、私も死んでしまうので、 そこは注意してくださいね。」 「えっ?ええ!?」 ワケノワカラナイコトバカリガドンドンツヅイテイク・・・ 「・・・・えっと、なんていっていいのかわかんないけど・・」 「はい?」 「なんでそこまでして、助けてくれるんですか?」 「ふふっ、シエル先輩として言うなら、遠野君を助けたいから、それだけです。」 「・・・・?」 先輩として・・? 「そしてもう一つ・・・」 「もう一つ・・?」 「はい、エレイシアとしては、いい加減死にたいからです。」 「エレイシアって?」 「気にしなくて良いですよ。 さぁ、遠野君には完治するまでもう少し、寝ててもらいますね。」 そう言って先輩は俺の目の前に手の平を当てる。 「おやすみなさい・・それからさようなら。」 ふっと、意識が、消えた―― 気がつくと、そこは見慣れた自分の部屋だった。 「志貴様、おはようございます。」 「あ、翡翠・・・おはよう。」 「・・・・はい。」 あいさつを返すと、翡翠はわずかに微笑んだ気がした。 何一つ変わらない光景。 翡翠は、何時もと違う事無く平然としている。 「志貴様、お体の調子はよろしいですか? 本日は秋葉様がお帰りになられるのですが。」 「あー・・・うん、ちゃんと立てるし、問題無いね。 ・・・って秋葉!?」 「はい、秋葉様です。」 「そっか・・秋葉は元気か・・良かった。」 「・・・志貴様が戻られるまでは、病に伏した様に溜息ばかりついていましたが。」 「へぇー、あの秋葉が・・」 「では、失礼いたします―――」 そう言って部屋を出る翡翠。 あの日とは全く違う、暖かい日差しの中で、 陽気な日が差し込むこの部屋で、 俺と秋葉は再会した。 (終)

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