主人の居る館(第7章)

もう、考えがまとまらなくなっていた。 何が何なのかわからない。 ただ、日々を堕落して生きてきたことが悔やまれた。 ただ怠惰だった日常が、とても貴重に思えた。 元気になったら、きっと笑えるだろう。 いつも以上に。 「斎田さんっ、大丈夫ですかっ!?」 体が傾いて、そのまま倒れた。 食事の最中の事だった。 ただ、意識が突然消えて・・・ そのままバランスを失い、倒れた。 「う・・・あ・・・」 何が何なのか解らない。 「斎田さんっ!」 「あ・・・・あぁ、大丈夫だ・・・」 立ち上がると、目の前が眩んでまた倒れそうになる。 「わっ・・・と・・・」 すかさず姫里が支えてくれた。 「悪い・・・なんか体調良くないみたいだな・・部屋で休んでるよ。」 ふらつきながら、部屋に戻っていった。 思考がまとまらない身体。 脳の統率が取れなくなってきている体。 どうしようもなく、終わっていた。 「斎田さーん、起きてますか?」 控えめにノックをしながら、聞いてみた。 ・・・・何も聞こえない。 まさかと思って、ドアを開ける。 Zzzzz・・ 静かな寝息が聞こえた。 「あ・・なんだ・・・ 全く、紛らわしい人ですねぇ。心配させて・・」 ホッとして、はいでいた布団をかけなおす。 本当に、この人は何時だって世話が焼ける・・ 「はぁもう・・・なんでこんな人に尽くしてるんですかね・・私は。」 怖い借金取りが、私の家に押しかけてきた。 両親はもう居なくて、 兄は出稼ぎで遠くに。 私は、妹には何もしないという約束で売られた。 買ったのは若い男の人。 きっと、酷い事をされるんだ・・って悲観していた。 だから、連れて来られた屋敷を見て、怖かった。 優しい印象なんて無かったから、 妙に警戒心を持っていて、 ちょっと触れられただけでもひどく驚いた。 でも・・・この男の人――斎田さん――は、 私が逃げているのを見て、楽しそうに笑ってた。 「なんで笑うんですかっ」 不安になって、強がりで言うと、 「別に。なんか面白い顔してるよな〜って思ってさ。」 なんて、酷い事を言ってきた。 そんな、他愛の無い会話で、打ち解けられた。 それからは、毎日が楽しかった。 別に、何がある訳でもなくて、 でも、そんな平和な日々が、すごく幸せだった。 本当はご主人様って呼ばないといけないはずなのに、 別に無理に呼ばなくても良いって言ってくれた。 気遣われているのが、目に見えていて、 そんな馴れ合いみたいな事が、私にはとても暖かい気がした。 ―――あの時から、私は・・・ 「ん・・・なんだ、居たのか。」 目を覚ました主人。 「『なんだ』とはご挨拶ですね〜、折角看病してたのに。」 頬を膨らませて反論。 毎日の事だった。 「ん・・そうか・・・悪かったな、貴重な時間使わせちまって。」 こんな時に限って、この人は謙虚になる。 いつもは 「そんな事してる間に、少しでも休みをとったらどうなんだ?」 とか、憎まれ口をたたいてくるのに・・ そんな事だから、余計に弱々しく見えて、 『ちゃんと見てあげなきゃ』って気になる。 「・・・夢を見てたよ。」 突然、ぽつりと言った。 それから、繋がっているみたいに、淡々と話していった。 「お前と会う前の時のな・・・ 無い方が良いとさえ思った記憶が、ただ延々と流れてた・・ それから、もう居ない奴と、話してたんだ。 すっかり忘れてた、そんな奴とさ・・・」 夢をそのまま言葉にしたら、誰でもそんな感じなんだろうなぁ、 なんて思って、顔を見てみた。 ・・・・悲しそうだった。 ―――悲しい思い出があった。 大切な人を目の前で無くした。 どうにかして、幸せにしてやろうと思っていたのに、 助けることもできずに、 そのまま失った。 辛いから、悲しいから、忘れたいと思いながら、 それでもあの、大切な人との思い出は忘れたくなかった。 だから・・・ 夢を見ていた。 忘れたくない事と、忘れたい事の狭間で、 ただひたすらに、夢を見ていた。 でも、それももう限界。 そんな虚想にいつまでも預けられるほど、 心の傷は癒されていない。 そして、全ては思い出される――― 「俺には昔・・好きだった人が居たんだ。」 間が空いて、何か言おうとした時に、また斎田さんが始めた。 「綺麗な娘でな・・俺みたいな奴でも、優しく接してくれた。 でもな・・・殺されたんだ。」 表情が、今まで見た事が無い位に、暗く、曇っていた。 「幸せにしてやるって、勝手に決めてたさ・・ でもな・・・情けない事に、幸せにするどころか、 守ってやる事すらできなかった。」 なんでそんなに悲しそうにしているのか、解らなかった。 いつもそんな顔をした事が無いから、 そんな悲しい事とは無縁なんだと思ってた。 両親が他界している事だって、笑いながら話していた。 なのに・・・ 今の斎田さんは、すごく辛そうで、悲しそうで・・・ 皮肉にも、一番人間っぽかった。 「なんでか解らねぇ。魔物がこの館を襲ったんだ・・ 真っ先に倒されてさ・・・ あいつも・・・・エリアも、目の前で死んじまった・・・」 「エリアっ!?」 「・・・・あの嬢ちゃんの事じゃない・・・ 俺の好きだったエリアだ・・・ 何が悪かったんだろうな・・何を間違えて、俺達はあんな目に・・」 がっ・・と肩を掴まれて、強く振られる。 「きゃっ」 「何でっ、何であいつがあんな目に合わなきゃ行けなかったんだ!? あいつは、優しい・・・ 死に掛けてる動物を必至に看病してた奴なんだぞ? そんないい奴が、なんで魔物なんかにやられるんだよ? 俺はそりゃ、殺されたってしょうがないような奴なんだ、 だけど、あいつは・・・あいつは・・・」 錯乱していた。 それから、気がついた様にぱっと手を離し、泣き崩れてしまった。 「斎田さん・・・」 「悪いな・・・お前に当たっても仕方ない・・」 苦笑しながら、布団を直し、寝る。 「・・・私でよければいくらでも当たってください。 主人が辛い目に合ってるのに助けられないなんて、 後味悪いですから。 でも・・・間違っては居ないと思います。」 「間違ってない・・・?だったら、なんでエリアは・・・」 明らかに、困惑していた。 きっと、ずっと長い間、 そうやって自分の中の深い部分だけで自分を責めていたんだと思う。 「運命ですよ。 誰が悪いでもなくて、そうなっちゃったんです。 だから、エリア・・・さんが死んじゃったのは、 仕方ないんですよ・・・ある意味。」 私だって、両親が借金を残して死んじゃった時は恨んだ。 でも、そんな事をしてもどうにかなる訳じゃない。 だから、これはそういう事だったんだ、 仕方なかったんだ・・・って諦めた。 「そんな・・・運命で死んだのかよ・・・ 仕方ないで・・なんであんな良い奴が・・・」 すぐには、妥協なんてできない。 でも、きっといつかは、解ると思う。 ―――私はこの人のそばに居たい。 そう思ったのはいつからだろう。 良い人だって解ってからなのか、 それとも、ついさっきなのか。 何時の間にか湧いた感情に、何故か照れくさくなる。 ただ、今悲んでいる斎田さんを見て、 離れるなんて事はできないと思った。 同情とか、そんな事じゃなくて、 守ってあげたいような、弱い心・・・ それが、恋情でも、そうじゃなくても、 今の私には、ただそれだけが使命の様な気がした――― (続く

[PR]動画